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篤姫とは


篤姫は、薩摩・島津家の分家に生まれながら、
江戸幕府の第13代将軍・徳川家定(いえさだ)の正室となった
女性です。しかし、病弱だった家定は嫁いでから
約1年半後に亡くなり、篤姫はわずか23歳で落飾して
「天璋院」と号します。
将軍の跡継ぎをめぐる幕府内の凄まじい抗争、さらには、
篤姫の故郷薩摩を中心とした反幕府運動の激化・・・。
篤姫は大奥を預かる総帥として、明治維新の動乱の中、
嫁ぎ先である徳川宗家のために、そして日本のために力を
尽くしました。
また、江戸城に迫りくる西郷隆盛ら薩摩藩を中心とした
新政府軍に働きかけ、無血開城の実現にも
大きな役割を果たしました。
明治維新後は、徳川宗家を継いだ家達(いえさと)
らの教育に専念し、未来の日本を支える人材の育成に
心血を注ぎました。

天保6年(1835年) 篤姫、薩摩藩(島津家一門)島津忠剛の娘として生まれる。
肝付尚五郎(のちの小松帯刀)も、2か月早く篤姫の近所に生まれる。

嘉永4年(1851年) 島津斉彬、薩摩藩主となる。

嘉永6年(1853年) 篤姫、斉彬の養女となる。
ペリーの艦隊、浦賀に来航。
篤姫、鹿児島を発ち、江戸の薩摩藩邸に移る。

嘉永7年(1854年) 西郷隆盛、斉彬に抜擢され江戸に赴き、篤姫輿入れの支度係となる。

安政3年(1856年) 篤姫、第13代将軍・家定と江戸城で婚儀。大奥に入り、「御台所」となる。

安政5年(1858年) 井伊直弼、大老に就任。慶福(のちの家茂)を将軍家養子とする。
篤姫の夫・将軍家定(35歳)、死去。(結婚生活はわずか1年半余り)
篤姫、天璋院と号す。
斉彬、鹿児島にて死去(50歳)。

万延元年(1860年) 桜田門外の変

文久2年(1862年) 篤姫、名目上の息子である第14代将軍・家茂の嫁に皇妹・和宮を迎える。
挙兵を計画していた薩摩藩士ら、島津久光の命で斬られる。(伏見寺田屋事件)
薩摩藩士、生麦村でイギリス人を斬る。(生麦事件)
小松帯刀、薩摩藩家老となる。

文久3年(1863年) 薩英戦争。(小松帯刀、大久保利通らも戦闘に参加)

慶応2年(1866年) 坂本龍馬の斡旋で、薩長同盟なる。
家茂、大坂城で没す。
徳川慶喜、第15代将軍となる。

慶応3年(1867年) 大政奉還。
坂本龍馬、暗殺される。

慶応4年(1868年) 江戸無血開城。
篤姫、江戸城を去る。以後、徳川宗家の子女教育に励む。

明治3年(1870年) 小松帯刀(36歳)、病死。

明治10年(1877年) 西南戦争。西郷隆盛(51歳)、自決。

明治11年(1878年) 大久保利通(49歳)、暗殺される。

明治16年(1883年) 篤姫(49歳)、死去。

篤姫ホームページより引用)

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